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明美ちゃん基金 千葉・船橋 斉藤秀子さん 善意「息子の供養に」(産経新聞)

 40年以上続いてきた明美ちゃん基金には、さまざまな思いが込められている。

 「ケンちゃんは明美ちゃん基金で当時最高の治療ができた。基金がもっと広がり、同じような境遇の子供が一人でも多く元気になってほしい」

 27年前の昭和57年12月、先天性心疾患で長男の健太郎君=当時(7)=を失った千葉県船橋市の斉藤秀子さん(62)はその翌年から毎年、健太郎君の命日に基金へ善意を寄せている。「ケンちゃんの供養だと思っている」からだ。

 健太郎君の病気が分かったのは小学校入学直後の57年5月。心臓の弁が変形しているため右心室の壁が薄くなり、血液が逆流する「エブシュタイン奇形」という病気だった。

 当時、斉藤さん夫婦は自宅の購入で貯金をはたいたばかり。だが、健太郎君を助ける唯一の手だての手術は高額な上、一刻の猶予もなかった。

 「なぜうちの子がこんなことに」。絶望しかけたときに友人から基金の話を聞き、わらをもつかむ気持ちで産経新聞社を訪ねた。

 その年の秋、健太郎君は基金の適用を受けて手術に臨んだ。6時間に及ぶ大手術。健太郎君はICU(集中治療室)で懸命に生きようとしたが、40日後に力尽きた。「一生分の涙を使ったんじゃないかと思うほどでした」。斉藤さんは当時をこう振り返る。

 今回を機に、押し入れの奥にしまっていた健太郎君のアルバムを26年ぶりに開いた。

 「勇気がなくて…。見るのが怖かった」。家族で行った海水浴、斉藤さんが編んだセーターを着てほほえむ健太郎君…。表紙が色あせた分厚いアルバムには健太郎君と家族の思い出が詰まっていた。

 この間、家族は度々病気に見舞われた。今年1月末には夫の博美さん(73)がまひ性腸閉塞(へいそく)で生死の境をさまよった。斉藤さんと健太郎君の弟で電気工事士の隆太さん(30)がつきっきりで看病し、博美さんが一命をとりとめたとき、斉藤さんは家族のきずなのありがたさを再確認したという。

 「『ケンちゃん、まだ呼ばないでね』って祈っていました。ケンちゃんが守ってくれたと思います」。斉藤さんはそう語った。(高橋裕子)

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